こんにちはユキチです。
日本のお城の中で12棟しかない現存天守。その中でも最古の天守閣をもつ松本城。
長野県に住む筆者には、何回か足を運んだことがあるお馴染みのお城です。
この度久々に行ってきたのですが、何度行っても圧巻の天守を目の当たりにするとテンション爆上がりします。
そんな松本城ですが、ゆっくり城内を廻ってみると天守はもちろんその他にも魅力的な見どころを改めて感じる事ができたので、ここにまとめておきたいと思います。
また実際に行ってみて観覧に際する注意点もいくつか感じた事がありましたので、そちらも合わせて共有したいと思います。
ぜひ最後までご一読ください。
松本城の魅力・見どころ6選
松本城の魅力はなんといっても現存天守12棟のうちの一つであり、国宝でもある天守閣の観覧をメインに訪れる方が大半かと思います。
でももう少し視野を広げてみるとお城としての機能や造りなどたくさんの見どころがある事に気づきます。
そんな松本城の見どころを以下の5点としてご紹介します。
- 太鼓門から二ノ丸御殿跡
- 本丸への入口 黒門
- 本丸御殿跡からの天守群
- 防御機能
- 大天守の構造
見どころ① 太鼓門から二ノ丸御殿跡
まずは上の松本城俯瞰マップの「見どころ①」と表示されているエリア。
天守閣をお掘り越しに見る定番のビュースポットエリアとは反対に位置する東側のエリアです。
太鼓門
まず最初は太鼓門です。
この門は1595年(文禄4年)に石川康長によって建造され、明治初年に破却されました。
平成11年に復元工事が実施されて今日に至ります。
なぜ「太鼓」門という名称がついているかというと、この門の脇には太鼓楼があり時刻を知らせたり、火急の事態に打ち鳴らす太鼓が設置されていたと言われています。これにより太鼓門と呼ばれています。
またこの門は太鼓を鳴らすだけでなく、外堀を渡り本丸や二ノ丸に入るために必ず通過する重要な門であったため、戦で攻撃を受けた場合を想定して門の手前は防衛機能である枡形となっています。
門の櫓部分の壁には鉄砲・弓で攻撃するための「狭間」や「石落し」が備わっていますので、この辺も注目してみてください。
玄蕃石
また、この門の石垣には2代目城主の石川康長が築城当時に運ばせたと言い伝えられている、「玄蕃石」という巨石を見ることができます。
玄蕃とはこの康長の通称が玄蕃頭であったことに由来します。
当時の武将は自分のお城を築城する際に、石垣へ大きな石を使うことでその権威を示していたと言われます。
この石もそのような事を意識して設置されたと思わせる、次のようなエピソードが伝わっています。
それが玄蕃石伝説というもので、この石川康長という武将の人格をあらわしているともいえるエピソードです。
その内容は
松本城築城に際し、石川康長はこの巨石を太鼓門脇の石垣に運ぶために自ら石の上に乗って指揮をしていました。
石を運ぶ人夫たちの間では松本城築城に課された強引な施策に対し不満を持つものが多かったといいます。
その中の一人がこの巨石運搬の際に不満を漏らしてしまいます。
これが康長本人の耳に入るとその人夫の首を自ら刎ねて見せしめにし、首を槍で掲げて引き続き運搬の指揮をしたということです。
少し恐ろしいお話しですが、松本城築城に際する石川康長という武将の強引な施策を物語る興味深いエピソードです。
巨石を使った石垣には上田城の「真田石」なども有名ですね。
「玄蕃石」と共に、こちらもぜひチェックしてみてください。
二ノ丸御殿跡
二ノ丸御殿は本丸御殿と共に天守閣の竣工に続いて建てられたと考えられています。
本丸御殿があった当時は副政庁として機能していましたが、享保12年(1727年)に本丸御殿が火事で消失するとその機能が移され、藩の正政庁として明治まで役割を引き継ぎます。
明治9年(1876年)の火事で全消し、その姿を見ることができなくなりました。
現在は発掘調査を経て公園となっており、建物の間取りを平面復元してその遺構を感じ取ることができます。
この広い二ノ丸からも天守閣を望むことができますが、本丸も挟んだ位置となりまた違った感じの天守を見ることができます。けやきなどの木々も季節ごとに色づき、美しい景観を眺めながら散策することができるおすすめスポットです。
見どころ② 本丸への入口 黒門・二ノ門
次に本丸へ入る最終的かつ重要な門となっている「黒門」です。
一ノ門と二ノ門で構成されているエリアです。
本丸御殿へ通じる格調高い正式な門として機能していました。
こちらの門も黒を基調としていたため、「黒門」と名付けられているようです。
現在天守閣の観覧を含め本丸庭園内への入場が有料となっており、この黒門に料金所がありますので入場料を支払って本丸に入ります。
黒門・一ノ門
一ノ門をくぐると本丸となることからお城の重要な門となっていることが伺えます。
注目してほしいのは、この門の屋根瓦です。
屋根を見上げると、瓦に歴代藩主の家紋が居並ぶ事に気づきます。
ここで一つの門になぜ歴代藩主の家紋が?と思われた方は鋭いです。
その答えは天守閣修理の際に屋根からおろした状態の良い瓦を保管してあったものを、一ノ門復興の際に流用したため、さまざまな藩主の家紋が見られるのだそうです。
松本城の城主は6家にわたっており、それぞれの時代でお城の修繕が行われているため、さまざまな家紋を施した瓦が見られるのです。
歴史的背景があるかと思いきや復興に際する実務的な側面が感じられ、逆に面白いですね。
ここはぜひチェックしてみてください。
二ノ門と枡形
内堀を渡って最初にあるのが「二ノ門」です。
一ノ門の手前に位置し、先に紹介した「太鼓門」と同じく敵が侵入した際に足止めをする枡形となっています。
周りの塀には敵を火縄銃や弓で狙撃する狭間が設けられていて、実戦重視の構造となっていることが分かる場所です。
本丸への最終防衛線としての役割を持つ重要な門と認識して観ると、より臨場感が湧いてくる場所です。
料金所があり、チケットを買ってそのまま通り過ぎて見逃しがちなスポットかもしれませんが、ぜひ一度立ち止まって一ノ門と合わせて観てみてください。
見どころ③ 本丸御殿跡からの天守閣群
黒門を抜けた先にはいよいよ本丸御殿の広大な跡地と、先にそびえ立つ天守群の壮大な景観が待っています。
内堀のお堀越しに見る天守とはまた違った迫力が楽しめます。
ここには売店もあり、松本城ならではのオリジナルグッズなどさまざまなお土産を買うことができます。
また御城印は売店横の管理事務所で販売していますので、こちらも要チェックです。
本丸庭園越しの天守閣群
本丸庭園に入ると広い芝生の庭園が広がっています。
そこはかつて藩主の居館兼松本藩の正政庁があった本丸御殿の跡でもあります。
本丸御殿そのものは残念ながら享保12年(1727年)に火事で全焼し、その後の再建はされませんでした。
この本丸庭園に入った瞬間に現れる天守閣群が広大な芝生越しにそびえ立っており、その姿はこれまた圧倒的な美しさです。
今回訪れた際にはちょうど月見櫓の修復工事中で、朱色の欄干が見れなかったのが残念・・・
この庭園を反時計回りに廻って、天守閣の入口に向かうようになります。
またこの庭園には加藤清正がこの松本城を訪れた際に駒(乗馬)をつなぎ止めたという「駒つなぎの桜」も見ることができます。
しかしこの日は平日にもかかわらず天守入口から行列ができており、ちょっとびっくりしました。
これが行楽シーズンや土日祝祭日だったら時間単位で待つ事になりそうです。
後で注意点でも述べますが、天守閣観覧にはそれなりの時間を要しますので余裕を持って観覧されることをおすすめします。
天守群の建造時期と時代的背景
さてここで松本城の天守閣群について、これを知っているとお城通と思われる知識を一つご紹介。
この松本城の天守閣はすべて同時期に建造されたと思いがちですが、実は各箇所で建造時期が異なります。
そして興味深いのはその建造時期や用途によって、お城の特徴が変わっていることが観てとれることです。
具体的には下の写真でご説明しましょう。
この図に示したように大天守から乾小天守・渡櫓については、戦国・安土桃山の時代の建造であり戦乱の世を反映した防衛設備(鉄砲・弓狭間、石落し等)が備わっています。
一方、辰巳付櫓・月見櫓は江戸初期に増築されたものとなり、戦いのない平和な時代の建造ということで攻撃・防衛設備はありません。泰平の世の象徴的建造物ということができます。
この辰巳付櫓と月見櫓の建造は当時の藩主・松平直政によるもの。
3代将軍徳川家光が善光寺参詣のついでに松本を訪れる予定との事を受けて、直政が急遽増築したのだそうです。
将軍とは言え、ひと一人を迎えるためにお城の櫓を建ててしまうところ、スケールが違いますね。
しかも当の将軍様は結局のところ諸々の都合で松本には来なかったとか・・・
松平直政の「来ないのかよっ!」っていう心の声が想像できます。
ちなみにこの松平直政というお殿様は、徳川家康の次男・結城秀康の三男であり、家康の孫にあたる人物です。
3代将軍の家光とも従弟にあたり、将軍家とはめちゃくちゃ血縁が近い方でした。
見どころ④防衛機能
戦いの時代に建造された大天守・乾小天守・渡櫓には、敵が攻めて来た際に迎撃を行えるような備えが見て取れます。
それが「鉄砲狭間」・「弓狭間」・「石落し」です。
戦いの時代を象徴する造りですので、こちらも見どころとして要チェックです。
鉄砲狭間(てっぽうざま)
その名の通り城内から鉄砲が撃てるように設置された小窓です。
鉄砲の銃口が出ればよいので、形は正方形に近いものとなっています。
ちなみに「狭間」は「はざま」ではなく「さま」と呼ばれます。
矢狭間(やざま)
こちらは弓矢で攻撃するための狭間となっています。
こちらの形状は長方形となっています。
石落(いしおとし)
天守や櫓1階の床や塀を張り出して、石垣を登って来る敵に石を落したり、鉄砲を打ち掛け侵入を防ぐ施設です。
松本城には11箇所設置されています。
この石落は石を落としたり熱湯や糞尿などを落とすイメージが強いですが、本来は「狭間」の一種で鉄砲を撃ちかけるための設備です。
見どころ⑤大天守の構造
やはり見どころとして外せない大天守。各階にそれぞれ特徴的な構造や設備が備わっています。
この大天守は外からの見た目が五層となっていますが、中に入ると6階まである五層六階の造りになっています。
以下、各階ごとに特徴や現在の展示品などを簡単にまとめてみました。
- 石落
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先に述べた防衛機能でもある「石落」を内部から見ることができます。
下を覗くと石垣が見え、お城を守る側の臨場感が伝わります。 同じく各狭間も間近で見ることが可能です - 武者走り
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お城内部の窓側部分が一段低くなっていて、自由に移動できる構造となっています。
攻めてくる敵の動きに応じて兵たちが城内を移動する目的で設けられています。
- 武者窓
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竪格子の窓で三連と五連のものが観られます。この窓からも外の敵に鉄砲を撃つことができます。
- 松本城鉄砲蔵展示
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各種火縄銃を中心に当世具足や二ノ丸発掘調査時に出土した遺品などの展示観られます。
火縄銃は様々な種類のものがあり、こんな銃もあったのかと意外にも見応えがあります。
- 隠し階
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3階部分は外からみると下から2重目の屋根部分となっており、外からはフロアになっている事が分かりません。逆に内側からは屋根部分にあたるため窓が設置出来ず、まさに隠し階となっています。
戦時には倉庫や避難所として使われる場所だったようです。
- 御座所
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この階は城主が天守に入った際に居座る場所となっていたと伝わります。
城主が天守に入るという事は、敵に追い詰められ最終局面を迎える事を意味します。
ここで指揮を取りながら、最後の覚悟もしなければならない場所と考えると、歴史好きにはとても興味深い場所です。
なにか特別なものがあるわけではないのですが、とても特別な場所に感じる階です。 - 最も急な階段(勾配61°)
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松本城の階段はただでさえ急な勾配で造られていますが、この4階から5階に上がる階段が一番急な勾配で造られています。
その角度は61°!!
この階段を観覧の際には上りの人と下りの人がすれ違うかたちで行き来します。
実際に各階には誘導係の方々がいらっしゃいますので、指示に従い順番に通行しましょう。
足腰に自信がない方や小さなお子様には厳しいと思いますのでご注意ください。
- 作戦会議室
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この階は戦闘時に重臣たちが集まり、作戦会議をする場所だったそうです。
4階に引き続きこちらも何気ない空間ですが、用途からみると非常に興味深いフロアです。
四方にある武者窓から全方向を確認できるようになっています。
ここから敵の様子を見て作戦を立てる想定だったのでしょう。
- 二十六夜神の信仰
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「にじゅうろくやじん」と読み、6階最上階の天井に祀られています。
戸田氏が松本に入った時から信仰が始まったといいます。
月齢26日の月が出るのを待って拝むと無病息災になるという信仰で、主に江戸高輪から品川にかけて盛んに信仰されていたといいます。
この信仰の神様が松本城守護神となったきっかけには、一つの伝説が言い伝えられています。その伝説とは、二十六夜神が戸田氏の家臣であった川井八郎三郎という人の前に美しい姫として現れ、城の繁栄を祈るように告げたとされています。姫は米を供え続けることで城が栄えると伝えました。
この事をお殿様に伝えると天守の最上階に祀って、毎月3石3斗3升3合3勺の米を供えたといわれます。
本丸御殿が火災で焼失した際に天守に被害が及ばなかったのは、この二十六夜神を祀っていたおかげという
ことが信じられています。天守最上階に登ったさいはぜひ天井を見上げてみてください。
- 設計では6階に勾欄
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当初の設計ではこの6階に月見櫓のような勾欄(欄干)がつく予定だったとの事です。
設計通りであれば天守最上階にベランダ的なものが設置されていたかもしれません。
実際最上階に登っても開放的な窓は無く、もう少し外の景色を広く眺められればいいなと思いました。
ではなぜ設計が変更されたのか。
それは寒さや雨風・降雪などに対応するため、当初勾欄を設置する場所まで壁をせり出して6階が造られました。
信州の気候を考慮して、現在の天守のかたちになったと言えます。
以上、大天守各階の見どころとなりますが、構造的なところから伝説まで現存天守だからこそ見れる魅力が盛り沢山ということがお分かり頂けたかと思います。
松本城 観覧時の注意点
さてここまで松本城の見どころを紹介してきましたが、私も実際に訪れて「ここは注意して欲しい」という事があります。
せっかく訪れてみたけど残念だった・・・という事が無いよう、最後にお伝えさせて頂きます。
- 観覧料がかかります
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本丸庭園への入場及び天守観覧には観覧料がかかります。
大人700円、小・中学生300円で、未就学児は無料です。松本市民は身分証明書を提示することで本丸庭園まで無料で入場できますが、天守に登る場合は観覧料が必要です。 - 観覧所要時間に注意
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天守内だけで平均観覧所要時間は約45分から60分です。連休などが絡む行楽シーズンは大変混雑し、天守へ入場するまでも行列に並ぶ必要があります。混雑時には入場制限がかかることもありますので、余裕を持って訪れることをお勧めします。
- 天守内は土足禁止
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天守入口で下足入れ用のビニール袋が手渡されて、靴を脱いで入城します。靴を持って歩く事になるので両手をフリーにしたい場合はリュックなどを持参して、中に入れてしまう方がよろしいかと思われます。
※階段が非常に狭く急なのでその辺りも考慮しましょう。 - 最大勾配61度の階段(重要項目)
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天守城内の階段は非常に狭く急な勾配となっています。階段は約140段を上り下りしなければなりません。
更に上りと下りで同じ階段となっている箇所がほとんどですので、ゆずり合いながら進んで行く必要があります。
よって足腰に自信がない方や、小さいお子さんの同伴には気をつける必要があります。
無理と感じたらやめる勇気も必要な場所でもある事をお伝えしておきます。
また一度入城してしまって途中で無理と感じても、各階に誘導員の方がいるので帰りのルートに誘導してもらえるので、声をかけてみましょう。また現存天守ゆえに城内においてはバリアフリー化など一切施されていませんので、事前にご承知いただく必要があります。
- ペットの持ち込み不可
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本丸庭園内・天守内にはペット持込み不可となっていますのでご注意ください。
ただし誘導犬は事前に管理事務所へ相談の上、入場可能となります。 - 飲食・喫煙について
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本丸庭園内での飲食は禁止となっています。
また喫煙についても貴重な木造建築であり、国宝でもありますので城内厳禁となっています。 - トイレについて
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天守内にはトイレの設置はありません。
本丸庭園内にトイレがありますので、天守に入る前に済ませましょう。
わたしが気になった注意点は以上となります。
観覧の際にはぜひチェックして備えていただくとよろしいかと思います。
まとめ
松本城について見どころと注意点も含めてご紹介してきましたが、いかがだったでしょうか。
国宝・天守群の佇まいは圧巻の一言ですが、細かい部分も深堀りしてみるとまた違った側面からも松本城というお城を堪能できるかと思います。
本記事を参考にしていただきながら、ぜひ松本城に足を運んでみてはいかがでしょうか。
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